ペプチ

コント等をしています。(Twitter: @pepuchi_yan)

性的に乱れている喫茶店

この間、都内を歩き回ってとても疲れたので、少し休憩しようと喫茶店に入った。

アイスティーを注文したところ、「すみません、アイスティー関連の品を全て切らしてしまっておりまして」と言われた。そんなことあるか、と思いながら他の飲み物を選ぼうとしたが、散々歩いて汗だくの身体に熱々のコーヒーのような飲み物は流し込みたくなかった。どれだけ店長が世界中を渡り歩いて豆を厳選しようとも、どれだけ店長がおしゃれなヒゲを生やそうとも、どれだけジャジーな音楽が店内に流れようとも、熱々のコーヒーだけは飲みたくなかった。そこで、「何かさっぱりしたものありますか」と聞いてみた。すると、「すみません…普段ならあるはずなんですけど…今日はさっぱりしたもの関連が全て切れておりまして…」と言われた。いやそんなことあるか、と思って一人で吹き出してしまったが、店員さんは全然笑っていなかった。めげずに「ああ、さっぱりしたものありますね。この、ホットココアください。」と言ってみたが、全然ウケなかった。

 

席に座ると、隣で50歳くらいの男性と50歳くらいの女性がお互いの手をからませながらイチャついていた。そのうちいなくなるだろうと思い、汗だくの身体にホットココアを流し込みながら様子を伺っていたが、イチャつきはとどまるところを知らなかった。帰って楽しんだらいいだろうと思った。何か帰れない理由でもあるのかと思い、思考を巡らせてみると、ああこの二人は不倫関係なのかもしれない、だから家でなくこんなところで痴態を晒しているのかと思った。たしかに、この歳でお互いこんなに熱量があるのはちょっとあれだなと思っていた。きっと不倫関係だからなのだろう。

とはいえ、なんか、「家で満足にイチャつけない不倫関係なのだから公共の場でイチャついてても許してやらないといけない」みたいな風潮が喫茶店に蔓延していた感じがあったので腹が立ち、なんだったらだんだんとお互いの身体の触れ合いが淫らになってきていたので、僕は僕なりの正義をぶつけようと決意した。僕は、電話をしているふりをしながら架空の相手とケンカをし、空気を悪くするという作戦に出ることにした。

 

電話で口論を初めてすぐ、不倫カップルの会話は少なくなった。しかしながら結果的には、「ねぇ、なんか、めっちゃケンカしてる。こわぁ~い」などと言い合い、二人は愛を深めていくのだった。

 

こういうことだ。こういうことが、起こる。

 

カップルは、人間の憤怒、嫉妬、悲哀、寂寥などといった感情を餌にして成長する糞以下の生き物だ。もはやこのカップルは、人間の全てを飲み込む化け物になってしまっていた。

 

このままではまずい。常軌を逸した作戦が必要だと考えた僕は、最終手段として、「それはお前が悪いだろ。」という言葉を5分間リピートし続けることにした。

僕は5分間、ひたすら、「それはお前が悪いだろ。それは、お前が悪いだろ。それはお前が悪いだろ。いや、それは、お前が、悪いだろ。それはお前が悪いだろ。いや、それはお前が悪いだろ。それはお前が悪いだろ。」と繰り返した。その異常な事態に、カップルの会話が徐々になくなっていくのが分かった。

 

 

ようやく気がつきやがったか化け物。

お前が食べていると思っていた僕の感情は、本当は、ただの「無」だ。この電話の先には、誰もいない。お前は、「無」を餌にしていたのだ。どうだ、まだ食えるか、食いつぶしてみたらどうだ、この鬱屈した不可解な感情を。

 

 

カップルが身を寄せ合いうつむき、隣で一人の男がひたすらに何かの責任を存在しない人間に転嫁している。もはや、喫茶店は、異様な雰囲気になっていた。

女性が、静かに、ほとんど残っていないアイスコーヒーをすすった。ああ、アイスコーヒーがあったじゃないかと一瞬思った。

 

 

アイスコーヒーを頼まなかった自責の念で我に帰り、唐突に虚しさを感じた僕は、電話を切り、ホットココアを飲み干して喫茶店を出た。

星が、いつになく綺麗だった。