ペプチ

コント等をしています。(Twitter: @pepuchi_yan)

現代に生きる奴隷の存在を知っていますか

中学生の頃は、野球部のヤンキーによく奴隷のように扱われていた。

僕の練習など当然させてもらえず、教室に忘れてきたグローブを取りに行ったり、延々と続くバッティング練習のボール投げなどをしていた。

 

なかでも最も恐ろしいヤンキーMとは、さまざまな思い出がある。

Mとキャッチボールをすると、近距離で超高速の球を投げて頂いたり、突然カーブを投げてきて僕をほんろうさせていらっしゃったりした。その後しばらくはカーブを投げてくるので、僕も徐々に慣れてくると、急にまた超豪速球を投げてきて、僕を驚かせてくれた。野球の経験がある方はわかると思うが、カーブを投げられると思っていてストレートを投げられてしまうと絶対に捕球できないもので、だからこそプロ野球選手であってもピッチャーとキャッチャーはサインを送って球種に関する合意をとっているのだが、このヤンキーMはそういったしゃらくさいことがお嫌いなようであった。僕の顔は、なぜか、翌日、腫れていた。

 

野球の練習には、ゆるく投げてゆるく打ち返すことによりボールをバットの芯に当てる感覚をつかむという「トスバッティング」というものがある。

これはゆるく投げてゆるく打ち返すから練習になるのであり、そこは大前提も大前提であるのだが、僕の投げる球を、Mは全力で打ち返すのだった。ゆるく投げる球を全力で打ち返し、けっこうな飛距離が出て嬉しそうなMを見ては、僕は、かっこいいなぁ、と思っていた。

打ち返された球は、校舎に向かって飛んでいったり、僕の身体に飛んできたりした。一度校舎の窓ガラスに当たって割れてしまった時は、僕が代わりに先生に怒られにいったりもした。

 

あと、関係ないけどMは僕の好きだった女の子と付き合っていた。

 

 

先生たちもこの野球部の状況は分かっていたはずであるが、先生が怒っても先生のいないところでは平然と地獄へ舞い戻ってしまうので、特に意味はなかった。それどころか、ある先生とMの暴れっぷりについて話していた時には、「まあなぁ、Mのお母さん、昔から植物状態らしいからなあ」みたいなことを言い始め、だから許してやってくれとでも言いたげな顔で僕を見てきた。僕は、「えっ…まあ、そしたら、仕方ないですよねぇ」と言った。先生は、「う〜ん」と言った。

 

僕は、まあ、それなら仕方ないなと思い、複雑な家族の状態からくるストレスのはけ口となれるよう、翌日からより一層がんばってMの強烈なボールを身体に受けるように心がけた。