ペプチ

コント等をしています。(Twitter: @pepuchi_yan)

見ず知らずのヤンキーにからまれた体験談

僕は静かな高校に進学したので、地獄のようなヤンキー中学から逃れ、平和な生活を送っていた。

 

高校三年生のある日、近くの運動公園で高校の体育祭が行われた。体育祭が終わり、僕は友達のヒトシと運動公園を歩いていた。

 

物陰に嫌なものが見えたので、目をそらした。その嫌なものは、ヒトシに向かって、「おう、チビ、ちょっとこっち来い」と話しかけていた。僕は勇気を出して目を向けた。近所の高校のヤンキーと思われる集団がそこにいた。

ヤンキーに対して何も害のあることをしていないヒトシであったが、どうやらヒトシが小柄で歯向かってこないタイプであると考えたヤンキーが、ヒトシをイジって暇つぶしをしようと企てたようだった。なんとも卑劣な奴らである。

 

ヒトシは、ヤンキーに言われるがまま、三回まわってワンと言わされるなどといった往年の罰を受けていた。ヒトシは、ヤンキーに笑われることで、少し喜んでいるようであった。いや、その道はだめだ、と僕は思った。ヤンキーにクソつまらない言葉でイジられて、「なんか受け入れてもらえたような気がする」と喜ぶのは、僕らみたいな冴えない奴らにとって、あるあるなのだ。「なんか俺にも存在意義があるような気がする」とか思っちゃってんでしょ、わかるわかる。だが、その道は、終わりなき修羅の道である。甘美な香りに誘われ足を踏み入れたが最後、二度と戻ってくることは出来ないのだ。僕の中学校時代が、そうだった。最初にヤンキーのクソつまらないイジりに乗っかったが最後、従順な人間であることがヤンキーたちの空の脳にインプットされ、日を追うごとに扱いは酷くなっていってしまうのだ。

 

この反応を見るに、どうやらヒトシは小学校、中学校とヤンキーのいない場所で過ごしてきたようであった。なるほど、彼を修羅の道から救うことができるのはおそらく僕しかいない。僕は、ヤンキーに宣戦布告をする決意をした。

なに、こんな体格の小さいヤンキー、中学校の先輩たちに比べたらたいしたことはない。あいつらと渡り合ってきた僕なのだから、こんなやつら蹴散らしてみせる。そう考え、僕は、「おいヒトシ、そんな奴ら無視して帰ろうぜ」と言い放った。

 

これを聞いたヤンキーのリーダー格と思われる奴が、「おいてめえ、なにしゃしゃってんだ」と言って僕の方へ近寄ってきた。「しゃしゃってる」というワードチョイスに吹き出しそうになるのをこらえながら、僕は「しゃしゃってねえよ!」と返した。リーダーは僕の目の前で立ち止まったかと思うと、すぐさま僕の胸ぐらを掴んで脅してきた。胸ぐらを掴まれた瞬間、僕は、「あ、強い、無理だ、帰りたい」と思った。リーダーはドスのきいた声で、「なにしゃしゃってんだ」と繰り返した。怖かったので、しゃしゃらなければよかった、と思った。しゃしゃっちゃったばっかりに、こんな目に遭うなんて。しゃしゃっちゃったばっかりに。

僕はリーダーの腕を振りほどき、理性的な話し合いをしようと試みた。「なんなんだよ」とか「何が目的なんだよ」とか聞いてみたが、リーダーは静かに「なに、しゃしゃってんだ」と繰り返すのみであった。壊れてんのかな、と思った。

 

このままでは埒が明かないと思った僕は、ゆっくりと、かつ、語気を強めて、「何が、目的なんだ」と聞いてみた。リーダーは静かに口を開き、ゆっくり、かつ、語気を強めて、「なに、しゃしゃってんだ」と言った。埒は明かなかった。明けろ。埒を明けろ。怒るぞ。

 

後ろでヤンキー集団の中のギャルが、「ケンカこわ~い。やめて~。」と活力のない声で言っていた。うるせえ。田舎のキャバクラでバイトしてろ。

 

 

僕は、「何をして欲しいんだよ」と、若干こちらが折れるニュアンスで質問をしてみた。するとリーダーは、「土下座しろ」と言った。僕がちょっと吹き出したのを見たリーダーは、再び僕の胸ぐらを掴んできた。

もうこれはどれだけやっても無駄だと察した僕は、リーダーの腕を振りほどき、肩をすくめて後ろを向いた。そしてそのスキを見て逃走し、体育祭の片付けをしていた先生に救いを求めにいった。僕と先生が走って現場に戻ってくる姿を見たヤンキーたちは、散り散りになって逃げ出し、事件は妙な終息を迎えたのであった。

 

ヒトシは、薬学部に、推薦入学した。