ペプチ

コント等をしています。(Twitter: @pepuchi_yan)

電車で唸っていた人

この間、実家に帰っていたのだが、帰りの特急列車でずっと「ああっ!ああ〜っ!」と唸っている20代くらいの男の人がいた。彼は、僕の斜め前の席に座っていた。

なにやら苦しそうにしていたが、これは、なんというか、彼にとって普段通りのことなのか、それとも緊急事態なのかよく分からなかったので、しばらく様子を見ることにした。10分くらい唸ったあと、彼は「誰か車掌さんを呼んできてくださ〜い」と繰り返すようになった。人間、厄介事には関わりたくないようで、周囲の人たちは聞こえないふりをしていた。僕は、世間は冷酷だなと肩をすくめ、しかたあるまい、呼んでくるかと立ち上がったのであった。

ただ、いざ立ち上がってみると、本当に呼んでくるべき事態なのか不安になった。もしかしたら酔っ払っているだけかもしれない。お前の身に何が起きてるか知らないが、わざわざ業務中の車掌さんを呼んでくるんだから、相当な非常事態でないと承知しないからな、と心の中で彼に呼びかけ、僕は車掌さんを呼びに歩き始めた。

車掌さんを見つけた僕は、「さっきから車掌さんを呼んできてくださいと叫んでいる人がいるので来てください。」と言った。あえて「叫んでいる」というワードをチョイスした。

車掌さんに場所を教えた僕は、自分の席に戻り、会話を盗み聞いた。

車掌さんが「どうしましたか」と尋ねた。彼は「気分が悪いです。重い風邪で。」と答えた。続けて車掌さんが「どうしますか?救急車呼びますか?」と尋ねた。彼は、「行けるところまで行きたいです」と返した。なんでこの期に及んでストイックなんだよ、と思った。
車掌さんは、「じゃあ、どうしましょう?何か出来ることありますか?」と尋ねた。彼は、「とりあえず、一旦大丈夫です」と返した。じゃあなんで呼んだんだと思った。

車掌さんが立ち去った後しばらくすると、彼は「ああ〜!!」と言いながら、立ち上がってトイレの方に歩いていった。歩けるなら車掌さんくらい自分で呼んできたらどうなんだと思った。
その後、席に戻ってきたかと思うと、彼は自分の席からお茶のペットボトルを持って再びトイレに戻っていった。絶対、今はいらないだろ、と思った。

彼の隣の席の人が、舌打ちをして、どこかに、消えた。